八重枕CADABRA

読んだよってメンションがあると射精しがちなブログ。初めての方は「当ブログについて」を参照ください。

変わりたい(銀蘭)

こんにちは、銀蘭です。

 

苺彩ちゃんと紅稀ちゃんが加入して、にゅあああってなってるきらちゃんです。(伝われ)

 

駅のホーム。

充電残り6パーセント。

書こうと思ったので書きます笑

 

何書くかって特に決めてなくて、ただ単にブログを書きたくなったから書く笑

 

最近ね、マスターが交流の場を広げてるでしょ。

んで、私も多少興味はあって、覗いているんです。

どんな人達と交流してるのかなー、って。

 

そこで改めて感じているのが

〝考え方は人それぞれ〟

って言うこと。

 

就活でいろんな会社の社長さんや人事の方とお喋りしてても思うことだけれど、

 

おもしろいことだと思っても

自分とは違うなって

思うことは多々あって。

 

 

こういう考えに憧れる

こういう人になりたい

思うこともたくさんあります。

 

お金稼ぎたいし。

なんかかっこいいし。

お金稼ぎたいし。

 

ただ、自分の今いる環境や、他にしなければいけないことがたくさんある中で

できることとできないことがあるのは明らかで。

 

それにおもしろくても自分に合わないことはたくさんあって。

 

この人のこの考え方は好き。

でも、全部その人の通りになる必要はないと思うし、まぁ、なれないよね。

 

だからいろんな人のいろんないい所を少しずつ自分の中に取り入れていきたいと思うんです。

 

あれこれ、前回も似たような落ちだった気が…

 

たぶん最近ずっとこんなこと考えているからかな。

 

変わりたい

変われない

変わる

変わろう

この繰り返しです。

 

そんなことを考えて

〝まずは行動〟してみたきらちゃんでした。

(あああ、たくさんのやりたいことが頭をよぎるぅ…)

 

何気にあと2パーセント残ってるや。

 

 

銀蘭

 

 

 

言葉を紡ぐ人(銀蘭)

お久しぶりです。銀蘭です。

書きたいことは山のように下書きに溜まっているんですが、なかなかどれも完成せず…
そんな中、また新しいことを書きたくなりました。笑

というより、1つ〝フォロワーを増やすために 〟に書きたい話題がありまして。
その記事をなかなか完成できずにいたのですが、ブログが滞ってもよくないなと思い、雑多なことでもまず1つブログを完成しようと思って書いてます。

今回は〝言葉〟について書きたいな、と。
Twitterに前書いたことのまとめになるかもしれません。ご了承を。

私は、自分の考えてることを〝言葉〟にして〝相手に伝える〟のがとても苦手です。
(喋る事は好きだし、〝相手に伝える〟のが苦手なので、言語障害とかではないと思います。たぶん。)

できるときはできる、けど、できないって一度なると、言葉に発するのがとてつもなく時間がかかかります。
自分の中で言葉がぐるぐる回る感じ。
きちんと言葉になっていることもあれば、なっていないこともあります。

原因は〝母親に怒られるのが怖かった〟からかなと考えていて。

手は出されなかった。
でもすごく怒鳴られた。
泣き止まなかったらカウントされた。
「0になるまでに泣き止まなかったらどうなるか、わかるよ、ねぇえええ、、3、、2、、1、、、」
という風に。
怖がらせた方ごめんなさい。
思い出すことがあった方もごめんなさい。
でも、こんな感じでした。
さらに言うと、なにかものを落としたり失敗したときには
「なんでこんなことしたの!?」
と言われました。
なんでって、言われても、なんでだろう、なんで、なんで、なんて答えたらこれ以上怒られないだろう。何が正解なんだろう。わからない。

はい、きた、これ。
これが原因。たぶん。
怒られることに対して、答えの正解を求めて、混乱して、怖くて何も言えなくなるやつ。
で、黙ってたら、
「何か答えろやぁあああ」

「なんで何も答えないの?ねぇ、なんで?なんで???」
と来るので、まぁ泣くしかないです。
(あ、ちなみに私は相当な泣き虫です)
泣いたらまたカウントされ、恐怖倍増。
何も言えなくなるわけです。
(半分言い訳くさいけど…)

しかも、どう考えてもしんどいのに、追い打ちをかけたのが

「〇〇くん(幼馴染)のとこのお母さんの方が怖いやろ。あんた、こんなんで泣きよったら他の家の子になれないよ。」

確かに幼馴染のところのお母さんは怖かった。
けど、今だったらまだ、「知らないよ🙄」って言えるし、半分脅迫じみてるのもわかる。
けど、小さい頃は分からなかったし、知らないよって思う今でも心の一番下にこの記憶はあるわけで。

もちろん、私よりしんどい思いをした経験がある人はたくさんいと思います。
でも、しんどいの基準は人それぞれかな、って。
自分がしんどかったらしんどい、でいいんだっていうのはマスターと出会って、ようやく少し思えるようになりました。

そして、出てこない言葉を
なんか、なんか、って続くばかりの私を
マスターは待ってくれます。
私が言葉に表して、出せるまで。
とてもありがたいなって思うけれど、少しずでも、変わらないとね。

そのためには相手のことを信用して
怖がらなくてもいいんだ、ってなる必要があるなと思っています。

そして、新しい体制になるからこそ、
銀蘭は成長して、強くなろうと。
ドールとしても、私としても。

凛として強く美しく咲く女性

これが私の理想像です。
言葉はなくても、その存在感はたしかにある。
ただし出すぎることもなく控え目に。
マスターの半歩後ろにいるような。



言葉は変幻自在。

言葉はナイフにも毛布にも光にもなって。

ナイフだって凶器にもなるけど
便利な道具にもなる。
時には毛布にもなる。

使い方次第。
って言ったらそりゃそうだろって思うかもしれないけれど。

そんな中で私は
言葉を、紡いでいきたい。
いろんな人から吐き出された糸を
摘み取って。
丁寧に丁寧に紡いで。

千と千尋の神隠しで
千尋が紡ぐ髪留めみたいなイメージで

きらきらしたものを作り出せたらいいなって
ふと思ったんです。


銀蘭

【思考整理】「思考ハリネズミな人々」

こんにちは。明城こう(@_kou_akagi_)です。

 

僕は頭の中で物が回ったときは、考えを吐き出す習慣をつけています。
やることがあったとしても。笑
割と問題に見えますが…

思考が頭の中にたまってしまうと、自分が思うように物事を運べなくなったりします。
頭の中の容量が埋まってしまうんですよね。

故に吐き出す必要があります。

その過程で、僕の日記には様々な「その時思ったこと」が書き込まれているわけです。

 


ふと思い立ちました。
「世界観が好き」「思考を垣間見たい」と言ってくれる人が居るのだから
その時思ったことを日記でなくブログに書いていくのもアリなんじゃないか、と。
結局やることは変わらないし、みてくれる人に「話しかける」だけなので。
つまり頑張らなくていい。思考の吐き出しですからね。

 

誰かがブログではなくnoteの時代が来る、と言っていました。
なので主戦場をそっちに変えていい気までしてきていて。
うーん、どうしよう。両方投稿しようかなあ。
でもnoteでは「有益」なイメージを作りたいので、やっぱり乱文を置くべきでは無いですね、はい。

 

 

普段の日記は乱文どころではなくほぼ呪文なので、

頑張らなくていいとはいっても、ある程度の伝える書き方はしなきゃいけない訳です。笑

 


それがネットに積み重なるのであれば、それを書くのも「得」なわけです。
あ、当たり前のように話はぽんぽん飛びます。

伝えるように書く、とはいっても「頑張ってしまっては意味がない」ので。
乱文である前提、でお読みください。

 


何かを伝えるための、大事なnoteでもないので。
思考の吐き出し、整理。それをwebで行ってしまえ、というだけのことです。
共通してタイトルには【思考整理】とでも入れることにしましょう。

 

それでは。
今日は【「思考ハリネズミ」な人々」】について。

 

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「快感と幸せは同じものではない」(藍佳)


こんにちは、藍佳です。
暖かい日が続いてるなあと思ったら、寒の戻り。
突風で梅の花びらが散っているのを見ると、少し物悲しくなります。

今日はタイトル通りの内容で書きます。
「快感と幸せは同じものではない。」

この言葉は贈る言葉として、卒業式に教授の1人から頂いたものです。
沢山の言葉の中で、一番私に響いた言葉。

この言葉が重く響いたのには、ちゃんと理由があります。
今日はそれを書きたいと思った次第です。

私がドールになるほんの少し前。

私にはセフレがいました。
同時に彼氏もいました。
(今考えるととんでもない事をしてたなと、本当にゾッとします。)

そのセフレとは性癖の面でドンピシャで。
あっという間に快楽の沼に落ち、同時に依存の沼にはまりました。

セフレと関係を持った時、すでに彼氏さんとは徐々に距離があき始めていた頃でした。

自分の性欲を発散できる人、もしくは加虐性を持った人がいないかとお相手を探し始めたのが最初。
で、見つかったのがそのセフレさん。

元々依存性が強かった私。
お相手もまた、依存性が高い人。
性癖も合致。それに相手は「両刀」。
私の内在していた加虐性がより強くなったのは、そのセフレの影響でもあります。

ダメだと思えば思うほど、相手にハマっていく。

「気軽な気持ちで、割り切った関係で」と思っていたのが、いつのまにか共依存一歩手前まできており。
もがけばもがくほど、お相手の存在にしがみついている自分がいました。
彼氏なんて完全にそっちのけです。

ただ私がその時救われたのは、マスターと出会っていたこと。
「やばいよなあ」と思っていても動こうとしなかった私に、「やばいぞ」と警鐘を鳴らしてくれたマスター。

その後ドールになり、色々あってセフレとは関係を絶ったのですが。
(彼氏とは連絡が途絶えて、年を越す前に自然消滅しました。)

今思い返すと、私はセフレとの快感にしがみついてたんだなあと思います。

セフレも彼氏も今までそれなりにいたけど、色んな面でマッチする人はその人が初めてで。
(趣味の面でも共感し合える事が多かったです。)
「2人だけの世界で生きよう」。
セフレが放ったその言葉は、あの時の私には麻薬でした。

あの時の私は、「快感=幸せ」という式が完全に成り立っていました。
セックス中に感じる気持ち良さが「幸せ」に繋がる。
でもそれは、本質的には中身が空っぽの幸福で。

快楽が無いと幸せだと思えなかった。だから毎回会うときは性行為に及んでいた。
「セックスしなくてもいい」と相手も言ってはいたけど、会えば結局セックスをして。

快楽あっての関係。快楽が無ければ成り立たない関係。
快楽が無ければ、セフレの他の相手に嫉妬し、セフレの突き放す言動や行動に泣き、病んでいた私。会ってセックスすればご機嫌。安心感を得る。
だけど幸福感は長くは持たない。せいぜい1日2日で、その幸福感は不安にのまれる。

今思い返すと、本当に私はとんでもない馬鹿だなと思います。
置いていかれるかもしれないという恐怖で、依存し依存させていた。
依存、もしくは共依存の怖いのは「どっから見ても危ない状況なのに、それを危ないと自覚していないところ。もしくは自覚していても離れようとしないところ。」

快楽のせいで盲目になっている状態。それをよしとしていた私。
幸せ(=快感)を得られなくなる事への恐れ。
完全な馬鹿です、本当に。
(マスターもこんな私を見捨てずに、よく最後までそばにいてくれたなあと思います。)

本当の幸せはそんな安いもんじゃない。
マスターのドールになってから、はっきり言い切れます。

今の私は幸せです。
そもそも幸せになる事が目的になってない。
過去を振り返った時に、「ああ幸せだな」と思える。

マスターと私はもちろんセックスをします。
だけどセックスが無くても幸せです。
お互いにセックス大好きなので、いつのまにか行為に及んでいる事が多々ありますが。笑

公園のブランコに乗って子供みたいに騒ぎ合うことも。
美味しい物を食べて、美味しすぎて頭を抱えたり、ゲンドウポーズを連発することも。
真面目な話をすることも。
ベッドでだらだらして、いつのまにか寝てることも。
もちろん意見がぶつかる事もあります。
所有物と言えど、私も人間なので。

だけど沢山の「楽しい」が積み重なって、振り返った時に「幸せだな」と思える。
その上で感じる快楽は、今までのものとは比じゃないです。

マスターは気持ちいいだけを提供する人じゃない。
マスターと過ごす時間は、依頼が終わったあとでも幸福がずっと残る。
「快感 ≠ 幸せ」を教えてくれた人。
ある意味依存度が高いとも言えますが。笑

 

だから「快感と幸せは同じものではない」という言葉が、強く響きました。

 
私はそんなマスターの事を発信する広告塔「藍佳」。
次会うときは一緒にどこへ行こう、何を食べよう。
そんな事を考えながら、次の依頼で会える事を楽しみを原動力に日々を過ごしています。
もちろんボコボコにされる事も楽しみにしながら。笑

 

「快感と幸せは同じものではない」。

理解しているようで、理解していない。

私はセフレとの関係が無かったら気付けなかった事。

当たり前の事ほど、本当に理解するのは難しいですね。

私もまだまだ未熟者です。


そんなわけで本日はここまで。
長い時間お付き合い頂きありがとうございました。

では、また。

 

 

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SとMは表裏一体。(藍佳)

 

ブログを書くと「もっと書きたいなあ」という欲求が出てくるのは何故なんでしょうね。

こんにちは。藍佳です。
溜めまくりのブログの下書きを公開したいなあと思いつつ、また新しい話を書いています。

今日は私の性癖のお話。
性癖というよりかは、「最近加虐性が出てきた私の話」と言う方が正しいですね。

SかMかと聞かれれば、私はMでしょう。
ノーマルなセックスよりも、首絞めや噛む・叩くという行為に興奮する。
セックス後は痣だらけなのが、私の中での普通。

ところが最近、じわじわと加虐性が芽生えつつある。なぜなのか。
今日はそんなお話をしようと思います。


「藍佳の性癖の話なんか興味ない」っていう方、ここでストップして頂く方が賢明です。

「大人」な話がお好きな方、藍佳に興味がある方、
MがSの面を持ち始める事に興味がある方は、どうぞ読み進めて下さい。

 

 

 

 


さてさて。準備はよろしいでしょうか??
ではさっそく。

 


私が「M」として目覚めたのは中学3年生の頃。

(もうちょっと早い頃かも。中2の秋ぐらい??)
緊縛の写真を見たのがきっかけです。

 

縄によって生み出される妖艶さと美しさに、一瞬で虜になりました。
「私も縛られてみたい」という気持ちが芽生え、そこから派生してアブノーマルの世界に引き込まれ。

痛みや苦しみの中に、恍惚とした表情が滲む画面の中の女性たちに自分を重ねて。
「ああ私もされたい」と、そう強く思うようになりました。

そしてマスターに初めて縛られて、より一層緊縛される事に魅了されました。

同時に、「縛り手として、心を引っ張り出してみたい。美しさを自分の手で引き出したい。」と思うようになり。
今は少しずつ緊縛の知識と技術を、マスターに教えてもらったり自分で調べたりして身につけてるところです。

で。多分「相手の心を引っ張り出したい」という願望が、加虐性に繋がってるようです。

縛られる側、被虐される事は今ももちろん気持ち良いし大好きです。
マスターに依頼するようになってから被虐性が増したのも確か。

自分をさらけ出す方法が緊縛以外にもあると知ったからかなと。

でもそれ以上に、「自分の手によって、痛み・苦しさ・快楽に顔を歪ませている」という事がたまらないほどの快感があって。


「もっと見せろ、もっと吐き出せ」と、渇望する私の心。 

 

相手の心がぼろぼろと零れ出てきた時、この上ないぞくぞくとした快感が背筋を通る。
責められている時とは違った快感。

 

愛おしくて愛おしくてたまらない。

もっと、もっと見せて。

 

「芽生え」どころではないですね。

完全に覚醒してますね。

 

感情を出す側と出させる側。
被虐と加虐。
全く違うもの同士かと思えば、実は違う。

 

普段の姿からは想像できないような被虐される自分。 

普段見せないような姿を自分の前で晒させているという、加虐側の優越感のような。

良い意味で色んな気持ちがないまぜになって、めちゃくちゃに犯したくなります。←

 


「SとMは表裏一体」
まさにその考え方は一理あるなあと思いながら、加虐心を順調に育てています。

両刀になるならなるで、私は今まで以上に視野が広がるし良い事かなと。

これから私はどんなドールに育つのでしょうか。

今後の藍佳の動きにご注目ください。笑


てなわけで、今日はここまで。
最後までありがとうございました。

では、また。

 

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おし○こハンバーガー(翠穂)

ツッコミどころ満載なタイトルはひとまず置いておき、まずはご挨拶を。

皆さんおはこんばんちは、翠穂です。

生活環境がガラリと変わったせいか精神的なストレスが続き髪の毛抜けまくりで彼氏に、TL荒れまくりでフォロワーの皆様にご迷惑をおかけしました。
ごめんなさい。見守ってくれてありがとう。
自分の存在価値やら広告塔としての役割。そんなことを考えては鬱々してた日々だったのですが、彼氏の支えやマスターに会えてお話を聞いてもらったおかげでだいぶ復活。
他人と関わる中で自分の感情を素直に伝えるというのが下手くそなせいで生きづらさを感じていた私だけど、最近マスターや藍ちゃんをはじめ、色んな人に「ちゃんと辛い時は辛いって言えるようになったね変わったね成長したね」って言ってもらえるようになって半歩前進くらいはできたのかな?と思えるようになってきました。

 

せっかく九州遠征でマスターが会いに来てくれたのでその話も少しだけ。
今回はきらちゃんと、もう1人仲良くしてもらってるお客さんと一緒にマスターとボードゲームで遊んでラーメン食べました。楽しかった。
縛ってもらってお写真も撮っていただけたのでそれはTwitterのほうでマスターにあげてもらおうと思います。
今回はフルボッコにされずひたすらいいこいいこされてた感じでした。珍しい。
マスターは相変わらず可愛いです。

 

さて、少しというかだいぶお下品なタイトルに戻り今回は性癖のお話。
フォロワーの方々はご存知

おし〇こハンバーガー(ブログの関係上伏字)」 
                                                                    
最近あまりTL上で見かけなかったのではないでしょうか。私自身、存在をすっかり忘れてました。
このお話ができる精神的余裕が戻ってきたことが嬉しくてルンルンな状態で記事を書いてます。

知らない方には説明しましょう。
おし〇こハンバーガー、字のごとく。
ハンバーガーのバンズ(パンの部分)を尿でひたひたにして食べます。
普通なら絶対無理だと思う、らしい、けど私は好きです。

もう少し語るとすれば、ご飯&体液とか最&高。
Twitterを見てくださってる方々はちょくちょく見てると思いますが、白米×唾液。非常に良きです。

白米に含まれるデンプンと、唾液に含まれる消化酵素のアミラーゼが反応して糖に変わるというのは基礎的な生物とか化学とかで習ったのではないかと思います。
ご飯噛んでたらなんか甘くなってきた~ってやつ。

めちゃくちゃえっちだと思いませんか。

好きな人の身体から生成されたものが物質と反応し別の成分へと変化。。それを取り込むなんて、、、

ものすごくえっちだと思いませんか。

しかも甘いんです。セロトニンが足りてない女性におすすめするしかない。甘いもの食べて幸せホルモン出しまくりましょう。
しかも好きな人の唾液だよ!!!好きな人の唾液なんて意識してしまえば媚薬と一緒。
興奮しますよね。え?私だけ?

 

……これ、よくよく考えれば私の強みであり「色」なんですよね。
確かに服従欲、被虐欲、その他もろもろオーソドックスな性癖を持っているけれどそれを色濃く出すのは難しい。大して珍しい話でも無い。
某乳母ちゃん達にも言えること。マスターが目指してる対抗としては薄い。
少なくとも私が全面に出せる状況に無い、というのもあって、色が無い色が無いと悩んでました。
だけどおし〇こハンバーガーにドロドロ白米はもう私だけの特権。存在価値や役割、ちゃんとあるじゃん!!!!

 

マスターはこの話聞いてめっちゃいいこいいこしてくれたのだけど、何ともお下品な主従なんだ……ばっちぃ…


私は美味しいご飯が好きです。そして好きな人の体液が好きです。組み合わせたらもっと美味しいんじゃね?というぶっ飛んだ発想。
ぶっ飛んでるけど、私だけの色。
誰々ちゃんとかぶるとか、私には色が無いとかそんなこと考える必要無かったんですね。
おし〇こハンバーガーだけだと全体的に汚いだけだから当然SM的な話もしたいけど、これは私の武器になるねって今回の九州遠征でお話しました。
これまで通り、真面目な堅物で。だけども今後はそういう方面もどんどん出していこう!という方針に。
好みが分かれそうなお話だけどこれはこれでアリなのではないかなぁどうかなぁ。
マスターには大絶賛されたのでいけると信じたい。
今後は「翠ちゃんドキドキ自由研究(仮)」と称して色々企画していきたいと思います笑

今回はこのへんで。それではまた(* 'ω')ノ

追記:〇液アンケの結果、第1回自由研究テーマはコーヒーゼリーになりそうです。

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「藍佳」として忘れたくない事。(藍佳)

お久しぶりです。藍佳です。
随分と春を感じさせる日が増えてきましたね。
過ごしやすくなってきて嬉しいのですが、花粉の猛威にげっそりしています。笑

さて、本日は『主従』に対する藍佳の考えのお話です。
明城こうのドールになってはや3ヶ月。
「ドール」として色々と考えること、感じる事がたくさんありました。
今日はその話をしたいなあと思います。

一番最初のブログに書いたように、
私はマスターを支えたくてドールになりました。
が、この3ヶ月の間に色々とメンタルが崩れる事が多々ありました。
卒論のこと、新生活のこと、人間関係のこと。
俗に言う「病む」状態を定期的に繰り返していました。
でもマスターはそんな私を受け入れてくれて、
支える側のはずの私が逆に支えてもらってばかりでした。

で、色々と落ち着いて自分のペースをつかみ始めた今。
「支える側が支えてもらってばっかりでどうするんだ」と思いまして。
私は自分がいつの間にかマスターの負荷になってしまっている事に気づき、自分自身に対して酷く嫌悪しました。

マスターは私にとって主従関係を結んだ初めての人です。
だから他の主従関係を結んでいる人達が、どんな関係性を持っているのかは分かりません。
自由度の高い主従関係を築いてる人もいれば、主人に対する絶対的服従の関係もあるでしょう。
恋人関係でもあり、主従関係でもある人達だってもちろんいるでしょう。

マスターがかつて書いたブログにもあるように、「人の数だけ、主従のあり方がある」 。
私はそれぞれの主従関係を否定する事は絶対にしません。
それが各々の関係の上に出来上がる「個性」であり、主人と従者の間に成り立つ「特別に大事な事」だからです。

そしてそれは「主従関係としての」、マスターの明城こうとドール藍佳の間でも成り立っています。
もちろん他のドールちゃん達にも言える事です。
マスターと翠ちゃん(翠穂ちゃん)、マスターとゆづちゃん(雪月華ちゃん)、マスターときらちゃん(銀蘭ちゃん)。

ドール同士だけの繋がりもあるし、
マスターとドール「達」の1対4の繋がりもある。
マスターと「個々の」ドールの1対1の繋がりもある。

主人が同じだからと言って、必ずしもみんな同じでないといけないというルールはありません。
明城こうのドールには、そのルールによる縛りはありません。
ローゼンメイデンに登場するドール達が同じ人に作られた人形でも、彼女達は全く違う個性を持っています。
だからこそ面白さがある。
私たちドールも個性があってこそ成り立つ存在。
「主従と言いつつ、主従感あんまりないなあ」と思う時があるのは、こういう所も1つの要因なのかもしれないですね。

さてさて。

そんな事を踏まえて、ここからは「藍佳が自分自身に思うこと」です。

私はマスターとの1対1の関係の中で、忘れたくない事があります。
それは「マスターを支えたい」という気持ち。
でも単純に「支える」のではなくて、最近ではもっぱら、「どうすれば彼にとってベストな支えになれるのか」ということを考えています。

結局考えに考えた末に出たのが、「自分を磨くこと」でした。
私は周りに強い影響力を与えられる言葉のセンスも無いし、緊縛技術もカメラの技術もまだまだ未熟です。
これといって秀でた能力があるわけでもありません。


精神状態も安定している時は安定していますが、
アイデンティティに触れるような事があると一気に崩壊します。
周囲からの干渉があるととてもブレやすい。
ブレるとすぐに壁を作って引きこもってしまう。
マスターでさえも、その壁の外へ弾き出してしまう事があります。

だから私は何らかの形で、自分に自信をつける必要がある。
自信をつけるという事は、ブレにくい自分に繋がるのかなと思って。
そしてブレにくくて強い自分は、マスターの負荷になりにくくなるかな、という結論に落ち着きました。

マスターはご存知の通り、「SM屋」であり「カウンセラー」を生業にしている人です。
人の心に強く影響を与えると共に、マスター自身にも影響を強く受けるお仕事。
私が思っている以上に、彼自身の身を「削っている」。
それでもマスターは仕事が大変だったとしても、「大丈夫だ」と言って病んでる私を受け入れてしまうような人で。

「大丈夫」という言葉に「マスターが大丈夫って言うから大丈夫」と思うのは、マスターの優しさに甘えてた頃の私。
支える側の私がマスターを支えずにどうするんだと。
主人に身を削ってもらってばかりでどうするんだと、そう思いました。


私は色んな面で強くなりたい。
強くなれば、きっとブレずにマスターを支えられると思うから。
マスターの重荷になる事は、意地でもなりたく無い。
マスターが誰に見せても恥ずかしくない「第2ドールの藍佳」でありたい。
だから私は自分を磨く事を頑張る。
カメラも緊縛技術も、ファッションもあらゆる知識も。
広い視野で物事を見て考えられるように。

誰にも負けない強さを、自分の力で掴み取る。


そんな野望を腹の底に持ちながら、私は日々を過ごしています。

随分と長い内容になってしまいました。
最後までありがとうございました。

では、また。

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