八重枕CADABRA

ナイトコンダクター 明城こうのブログ。 心と性に関する雑記。生きるのが辛い人、セックスを楽しみたい人向け。レビューなども書くかも。

出会い厨とそのカモの皆さん

こんばんは、こんにちは。

今起きた方はおはようございます。


ナイトコンダクター・夜職専門心理士の明城こうです。

今日はこんなお話。

 

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チャットアプリで知り合った男性が
「話し方と言葉の使い方が良い感じ」

で抱かれてもいい気がしている。

思い当たる人いますか?
そんなに多くはないけれど、いると思います。
それか昔、もう通っている道だ、という人もいらっしゃるかもしれません。

 

気持ちとしては本当に「抱かれてもいいかもしれない」という気持ちがあるのだと思います。

言葉でもいい雰囲気を醸し出せて、話し方にも好感が持てる。
しかし。

 

多くの場合、こう思ってしまうのは「寂しいから」に他ならない。
相手が構ってくれそうだからですよね。

いくら何でも判断材料が少なすぎる。文章なんていくらでも人をだませます、って、ネットで文章書いて信頼を得ようとしてる僕が言ったら本末転倒なのだけれど…笑 

そこはおいておいて。

それ以外の要素、出てくる?

いい感じ、優しそう、それ以外の部分はしっかり見えているんだろうか…?


この子はお話をすると、自分に時間を割いてくれる人が好き、と言ってくれました。
ということは、時間さえかければ誰でも手が出せる

ということになります。無論、清潔感云々は当然クリアしているとして。



お察しの通り、このタイプの人はハッキリ言ってチョロイです。
構ってやって適当なタイミングで

「寂しいね、でも大丈夫だよ、僕がいるよ」

なんて言葉をかけると二言目には「ほんと?」
「うん、ほんとだよ もう大丈夫 一人じゃないよ」
「嬉しい…寂しかったよ…」
「すきだよ」

「あいたいな」


となります。そんな事あるの?と思うでしょ?あるんです。
少なくとも僕が「空虚感から」女の子を食い漁ってる時期は垢ぬけない顔してても、お金が無くてもこれだけで入れ食いでした。

このながれだけでオナホ完成。

そして場合によっては食事代も宿もつきます。
オナホです。

残念ながらオナホです

三食昼寝付きオナホ。


中身を特にみることもなく、寂しさにつけ込んで都合のいい性欲処理機として完成して終了。


でも私は出会わないから大丈夫だし

 

うん、大丈夫でしょうね。現段階では。

 

大前提として、チャットアプリや出会い系に登録している男、というのは基本エロ会話かセックス目的です。
そりゃあ真面目に出会いを探しているかもしれない。
しかし、身体の関係を抜きにした男が出会い系に登録する、なんて話はあまり聞いたことがないんですよ。
僕の周りで始めた人は全員が身体目当てかつ、あわよくば趣味が合うセフレ、そうでなければ都合のいいオナホを探しているのが現実。

 

仮にいたとしてもトキワのもりでピカチュウにであうとか
川でヒンバスが連れるだとか。おそらくそんな確率。

期待したい気持ちは汲みたいです。きっと縋るような思いもあるのだと思います。
けれど確率が低すぎる。それに賭けるのは現実的とは言えない。
利用される確率の方が圧倒的に高いので、損はしてほしくないんですよね。

 

話を戻しましょう。

セックスにありつくことが目的の男が、「出会わない」女に構い続けるメリットってありますかね。
彼らはオナホが欲しいんです。彼らは中身を見ていない。

そして彼女は構ってほしいんです。彼女に中身は見えていない。

見えていないのは見ていないのと一緒です。

 

両者とも実は同じことをしてるんですよ。お互い相手を見ていないのに自分の欲求だけはしっかり通そうとしてる。

 

類は友を呼びます。


相手のことよりも、自分は性欲処理がしたいし

相手のことよりも、自分は構ってほしい。

女性は蔑ろに扱われるべきではないですし

人の時間は無限ではありません。

 

厳しい話になりますが、

ヤリたいだけの男からすれば

話が長くて簡単にヤレない女に構い続けるメリットはないです。
フェードアウトしていきます。だって時間の無駄だもん。

人によってはそこで身体を許すことで一時的に寂しさを埋めたりします。

でも、お互い相手を見ていない者同士なので、感覚が埋まることはありません。どっちも「何かして欲しい人」なのだもの。

「何かして欲しい人」と「何かして欲しい人」が関わると、話がすれ違います。

 

「何かしてあげる人」と「何かして欲しい人」が関わると、見返りがない限り次第に「何かしてあげる人」は疲れてどこかに行ってしまいます。

 

「何かしてあげる人」と「何かしてあげる人」が関わると、それはそれは

良い関係が築けます。

 

でも、「何かをしてもらった」っとしっかり感じられた経験が積み重なっていないと

人に「何かをしてあげること」って難しいんですよね。
例外があるとすれば、明らかに自己肯定感が低いか、過去の体験をやり直しているか。


これはホスト通い辞めたいのにやめられない人に多かったりするんですが。

自己肯定感が低すぎる、自尊感情が低すぎるがゆえに「こんなことをしてもらう価値はない」「こんなにしてもらって申し訳ない」「出来ることで返さなきゃ」と半ば強迫的な返報心理に駆られたりします。

 

その話は、また後々。


文章の雰囲気は作れます。
この文章だって、書き方で全く違う文になる。

それで「いい印象だなぁ」「悪い印象だなぁ」

と評価が振れていくわけです。


素性がしっかりしていない人に寂しいというだけでついていかない。
「やさしそう」という感性、人を信じようとする姿勢は素晴らしいけれど
いくら何でもそれではチョロすぎます。

寂しさの衝動から、損をしないようにね。

 

今回はここまで。
カウンセラー(出張ホスト)の明城こうでした。
またお会いしましょう。