八重枕CADABRA

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「余計な一言」を言ってしまう人と対策、その心理

明城こう (@_kou_akagi_) | Twitter

です。

 

「言わなくてもいいこと」って、わりかし線引きが難しいんですよね。

「傷つかなくていいこと」で傷ついているパターンも少なからずあります。

 

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しかしながら、度を越しているものに関しては、ある程度喋る側が自力で見極めて制限をかけられると思うわけです。

というかこれは制限をかけないとなかなか生活が送りづらい。

 

不用意に人を傷つける必要はないし、
1人で生きていく気なら突っ込むことではありませんが、誰かと関わりたいなら改善は試みた方が生きやすいものではあります。

「言わなくてもいいこと」を聞かされて悩んでいる人

「言わなくてもいいこと」をつい言ってしまう人
に向けての記事。

どちらの味方をすることもなく、ただ生きやすくなればいいなぁ、程度のものです。

知ることによって、「今日から」気をつけられたりします。

 

 

 

 

明城こうの昔話

ちっちゃい明城こう

小学生の明城は、年度の初めにもらった教科書を全て1日で読んでしまい、次の日から授業に飽きるタイプの子供でした。
一年生、二年生の頃はまだ楽しんでいましたが、三年からはもう新しみもなくなり、

①「何故自分が理解していることを何度も説明されるために席に座っているのか」

②「何故自分は理解したのに何日も同じことをしているのか」

③「理解ができないことが理解ができない」
気持ちが満載でした。

「なんでこんなの何日もやってるのにそんなのも分からないのかな、普通1日でわかるよ、Aくんは頭が悪いよね」
とお話をした結果、普通に友達がいなくなってボコボコにされました。笑

当たり前ですね。

当時の僕は何故ボコボコにされたのか全く理解ができませんでした。
僕としては「頭が悪いという状態にある」ことを単に伝えただけであり、悪意も何もありませんでしたが、

どうやら世間一般ではこれは「悪口」「言わなくてもいいこと」に当たるらしい、と痛い目を見て理解していくことになります。

 

「そんなのも分からない」


え、そんなのも分からないの?

と思われるかもしれませんが、そんなのも分からなかったのが現実。

人に「そんなのも分からないのかな」と言っている割に「そんなことが分からず」「そんなのも分からないの?」とか言われています。割と面白い状態。
勉強は人には好き勝手言うにもかかわらず、感情のことになると人から言われてしまう。

しかしながら、「そんなことも分からないの?」とこのお話に返してしまうタイプの人も、「言わなくてもいいこと」を言ってしまう因子は持っているわけです。
ほら、僕と同じで。

 

 

人間は「感情」で動く生き物。他人の感情を無視しては通れません。
頭が良いかどうか、問題が解けるかどうかよりも「他人の気持ちに配慮できるか」「相手を尊重できるか」の方がよほど大事な訳です。
人の感情を無視しても生きていけるのなんて、本当に1万人に1人とかの天才だけであって。
大抵の場合は性格が悪いという判断を受け集団からキックされていきます。

 

 

そして、他人の気持ちに配慮すると。

こんな場合は「言わなくてもいいこと」を言ってしまう人の心理より

「言わなくてもいいことを言われたら、聞いたらどう思うか」という聞かされる側に寄り添ったお話をした方が多くの場合話が円滑に進みやすいですね。

 

「言わなくてもいいことを言ってしまう」タイプの人は、まずはグッとこらえて、
「言わなくてもいいことを聞かされる側」がどう思っているか、気持ちを理解してみてください。

言いたい時に言わない、一旦待つ、ということを繰り返していくと、そのうち「飲み込むメリット」に気がつきます。

同時に、「言わなくてもいいことを言ってしまう」タイプの人の思考、改善点もお話しします。

ただ、こういった場面では「相手側から」の流れにした方が話が通りやすいです。
交渉術なんて学んでみると面白いかもね。
どうして相手を優先した方がいいか、わかりやすく解説してあったりするよ。

 

 

「言わなくてもいいこと」≒「余計な一言」


「言わなくてもいいこと」は「余計な一言」とも言い換えられます。
では、一体どのような言葉が余計な一言に当たるのか。

それでは実例を挙げながら「余計な一言リスト」を見てみましょう。

何故言ってはいけないのか、どこがおかしいのか記述していきます。

言われる側は頷きながら、言う側は「そうなのね」と気づきながら。

 

① お節介の押し付け

ex.

「あなたのためを思って言ってるんだよ」

「そういう部分は直さないと通用しないと思う」

 

ーどこがダメ?

「自分がそうしてほしい」ことを「相手のため」とすり替えています。

自分は間違っていないという確信と傲慢からこのセリフは出ます。

相手へ指導する、または指導される関係にあるならこの限りではないですが、そうでない場合は完全に「上から目線」のパターンです。
そのアドバイスが合うかどうか、役にたつかどうかは人それぞれ。

「ありがたいこと」かどうかは聞く側が決めることなので、
「あなたのため」というのをわざわざ「伝える側」が言う必要はありません。

 

ー直すには、適切に伝えるには

「あなたのため」ではなく「こういうことはやめて欲しい」と素直に欲求を表現してみましょう。自分の感情も当然大事。伝え方次第です。


例えば遅刻をする人に対して。
「遅刻するなんてあり得ない、あなたのためによくない」
と言うより、

「ないがしろにされている気がして寂しいから遅刻しないで欲しい」

「過ごす時間が減って嫌だから遅刻してほしくない」

と伝えた方が、なんだか柔らかく伝わってるような気がしませんか?

 

②  主語がデカい

ex.

「みんなもそういってるよ」

「常識的に考えてそんなことしないでしょ」

「ここがだめならどこでやってもだめだよ」

 

ーどこがダメ?

「みんな」はそう言ってないし、普通や常識は「その場面で多数存在する意見」です。「ここでだめ」でもやり方が合わないだけかもしれません。
これも自分は間違っていないよと言う確信からきます。加えて「自分が被害者である」とアピールしたい場合もこのセリフが出ます。

自分の意見を肥大化させて、「分からない相手がおかしい」と感じさせる言葉です。

「ブラック企業」とか「マルチ商法」とかこんな喋りを使いがちですよね。

逆に言えば「そのような人たち」が多用する喋りでもあります。

周りに心当たりはないでしょうか。

 

ー直すには、適切に伝えるには

文字通りですが「主語を大きくしないこと」です。
「普通」「常識」「みんな」、本当にそれは普通で、常識で、みんなが言ってますか?
普通や常識なんて環境によって変化する不安定なものですし、「みんな」は具体的に誰を指しているのでしょう。

「自分が」そう思っていると伝えるだけ。

「普通それは嫌だよ」ではなく、「私は嫌だと思った」
「みんなそう言ってるよ」ではなく「私はそう思うよ」
自分の気持ちなのだから「良い」「悪い」などはありません。
「敵」も「味方」も同じくありません。

 

③  話の上塗り、話題の奪い取り

ex.

「そういえばこんな楽しいことがあっt「もう聞いた」

「こないだ美味しいご飯食べに言ったんだけd「私も食べた!実はここにさ〜」

 

ーどこがダメ?

人の話を遮ってはいけません。最後まで聞く。
話したいときは先が解ったとしても先に答えない。そもそも「他人」なのだから、考えていることが完全にわかるなんてことは起こり得ません。これも傲慢。自分の思考は「自分が持ち合わせているもの」でしか生まれません。他人と全く同じ境遇で育つなんてことはあり得ないです。あり得たとしても人によって脳の構造が違います。
「自分の話を聞いてほしい」あまり他人の話を自分の話で上書きしてしまうのもアウト。
自分の話は自分のターンに。ターンエンド宣言が出ていないのに速攻魔法だったりトラップカードを宣言するものではないです(伝われ

 

ー直すには、適切に伝えるには

一旦相手の話を全部聞くようにしましょう。
最初は不自然になってしまうし、喋るタイミングを「今か今か」と待っているような状態になるかもしれません。それでもです。
「自分の話を聞いてもらいたい」なら「人の話も聞く」
「人の話を聞ければ」「自分の話も聞いて」もらえます。
この辺りは返報性の心理、というものが働いています。

↓↓↓返報性の心理についてはこちら↓↓↓

 

とかやりたいけどまだ記事がないやないかーい。笑

書けってことだなこれは。うん。少しずつ充足させていきたいなぁ。


④ マウントをとる

ex.

「俺はこれだけ苦労したんだ、お前なんかまだまだ」

「あなたと私は違う。私は特別なの」


ーどこがダメ?

人の苦労を決めつけるべきではないし、なんで何かにつけて勝とうとしてるのか。確固たる自信があれば「会話の上での勝ち負け」なんてほとんど気にしないはずです。

実はマウントは「自信がない人」が取りやすい行為でもあります。
劣等感や敗北感を会話で勝つ、または攻撃性として外部に表出することによって精神の安定を図っている場合も多々。
それでもその安定に他者を使うのは違います。言われた側は良い気はしません。

 

ー直すには、適切に伝えるには

「自分は大変だったんだよ」「私も大事にされたいよ」と、その言葉の裏にある「自分の気持ち」をしっかりみてあげましょう。
加えて、自分に自信をつける。これがまた難関ですが。
「恒常的な自信のなさ」というのは、自分を沼にはめていってしまいます。

まずは日常の小さな出来事を褒めてあげる。
朝しっかり起きられた、とか、ご飯を三食食べられた、とか。

なんの気のないことでも、日常生活をするってすごいことが多いです。
決して「何にもできない」なんてことはないので、小さなことでも自分にはなまるを。

 

⑤  相手を貶す、嫌味

ex.
「全然仕事ができないのに、エクセルだけは上手いんだな」

「たくさん食べるのは結構だけど、食べた分くらいは働いてくれないかねえ」

 

ーどこがダメ?

完全に言う必要がない奴。器の小ささが滲み出てしまっているパターンです。上司がこのタイプだと大変に疲れることかと思います。
多くの場合上から下に向かって言われがちだけれど、

「エクセルが上手くて助かるよ」「ものを美味しそうに食べるね」

だけで十分なのになぜか嫌味や皮肉を付け加えてしまう。

「相手を下げる」ことによって相対的に「自分をあげている」状態です。これも一種のマウントと言えるかもしれません。


ー直すには、適切に伝えるには

「貶す」「嫌味」を「褒め」に変えましょう。
聞いている人が嫌な気持ちになるから「余計な一言」と取られるわけです。一言でたくさんの情報を伝えたかったとしても、相手を嫌な気持ちにさせなければそれは「余計な一言」にはなり得ません。

相手を下げても自分は上がりません。

自分の中で相対的に順位が上がっているだけであり、現実には何も変化が起きていない。
「マウントを取る」の項目と同じく、自信を少しずつつけていきましょう。
美味しい料理を一品覚えた、でも、新しい牛丼の食べ方を開発した、でも。
また、「マウントを取る」「嫌味を言う」タイプの人は自分に課すハードルが高すぎる傾向にあります。自分に優しくできない人は他人にも優しくしづらいです。
自分も他人も大事に。思ってるより「できない人」ではないはずですよ。

 

 

 なぜ「余計な一言」を発してしまうのか

いいことが基本的に起こらない「余計な一言」。
冷静に考えたらやめた方がいいはずなのに、それに気づかず続けてしまったり、

悪気がない

「空気を読むことができない人」が一定数存在します。
当たり前のように皆空気を読んでいますが、「空気を読む」というのは結構難しいこと。
脳機能の問題でこれが上手くいかない人もいます。

そんな人たちはその都度「状況」を学習して対処していくことが大事になります。
上手に対処ができるようになると人間関係も見事に変遷するものです。

今まで意味もわからず嫌われてきた、という状態が一気に改善します。

実のところ明城もこのタイプです。

「空気が読めない」のでトライアンドエラーを繰り返して「適切な」反応を身につけました。今はすごく自然に見えると思いますが、はじめはもっともっとたどたどしかった。
何事も最初はよちよち歩き。「慣れていないこと」を相手に伝え、付き合ってくれる相手と少しずつ前進していきましょう。

歩けるようになった瞬間に富士登山など目指さぬように。まずは平地を歩きましょう。

 

親に「余計な一言」を言われ続けて育った

いわゆる「毒親」のパターンです。自分が頑張った時も、辛かった時も常に「余計な一言」を浴びせられて育つと、

「このコミュニケーションが正解」

「自分はされてきたのだから他人もされて当然」という思考回路が出来上がります。

これに関しては環境が悪い。本当に「不運」としか言いようがありません。あなたが悪いわけではない。
どこかに恨みをぶつけたり、やりきれない思いを発散したりしたいのも当然の願望かと思います。所謂「問題のなかった人」を呪うでしょう。無理もありません。

しかしながら、「毒親」と同じ行動を続けては自分も同じ存在に成り下がってしまいます。

似た人の周りには似た人が集まってしまう。友人だと思っている人が何か嫌味ったらしかったりしませんか?
あなたにとって、友人が第2、第3の毒親になっている可能性があります。

類は友を呼ぶ。悪縁を断ち切れると楽しい世界が待っています。

 

自分に自信がない

何度も「直すには、適切に伝えるには」の項目に出てきたこれ。
すごく大事なところです。いわば「脆い自分」が傷つかないための「防衛」としてのマウントや嫌味、余計な一言といったところ。

上に乗るための「マウント」の原動力は

羞恥と自信のなさ、理解できないものに対する恐怖だったりします。
「相手が凄い」「まっとうに生きている」という状態に対して

「自分が攻撃された」「自分の価値が脅かされる」「自分の居場所がなくなる」と意識下で考えている、もしくは無意識に根付いているので、そのような行動を取らないと不安になるのです。
他人に攻撃しているようで、実は自分を守っている。だけれどそれは、相手に受け入れてもらえることは少ないです。
仮に受け入れてもらえたとしても、それに甘んじることは望ましくない。いつか離れていってしまいます。

しんどくても、まずは防御体制をすこしずつ解くこと。

そして小さなことを褒めてあげること。
ありのままの自分を受け入れて、自分と向き合うこと。
受け入れたくない、あまり強くない自分と向き合うので、それはしんどい作業になると思います。
ですが、その先には生きやすくて優しい世界が待っています。

 

今日から少しづつ変わってみよう

なので「自信がない」と「余計な言葉をぶつける」のは今日まで。
今この瞬間から努力し始められると最良です。

 

明日から頑張るんじゃない、今日だけ頑張るんだ

今日を頑張り始めた者にのみ、明日が来るんだよ


というのは「カイジ」の悪役、大槻の台詞ですが、
これ以上に本質を捉えた言葉もない気がします。「余計な一言」への対処は「今日から頑張る」です。

「頑張れなかったから偉くない」
のではなく、「頑張り始めたから偉い」のです。
新しいこと、不慣れなことを行うには労力が相当必要になってきます。
なので

できないこと、していないことはマイナスではありません。
していない状態がプラスマイナスゼロ。

ほんの小さなことでもなにか改善に向けて動いた段階でプラスなのです。

そうすると、自分が相手に対して攻撃を行わないのだから、

当然相手も自分に対して攻撃をしてこない。類は友を呼びます。
武器に見えていたものが実は武器ではなかったり、そもそも手に何も持っていなかったりする。

蓋を開けてみればそんな状態だった人たちに向けて、攻撃するな、するなよ、と一心不乱に武器を振り回しているのが「余計な一言」を発している状態です。

相手が武器を持っていると思っているから。そりゃ警戒する。怖いもの。

 

なので、悪意を持って攻撃して来る人からは距離を置く。
そうでない人は武器を持っていないことがほとんどです。
運が悪く当たってしまったら、その時は静かにその人の前から去りましょう。
牽制しながら生きることほどしんどいこともありません。
傷つけられたくないなら、相手を傷つけない。不用意に傷つける人からは距離を置く。
でも、その人が頑張りたいといったら、可能な範囲で見守ってあげる。
そうしていくうちに、あれ、なんだか生きやすいな、と思う瞬間がやってきます。



おわりに

いいことも悪いこともまずは「自分から」が基本です。
最初の行動には勇気がいりますが、自分が行動したものに対して結果は必ずついてきます。
いいことも、悪いことも。
他人に行った行動は全て自分に鏡となってかえってきます。
相手をないがしろにする人はないがしろにされるし、相手を貶す人は貶されます。
マウントを取り続ける人はマウントを取られ続けるし、ヘイトを吐く人はヘイトを吐かれます。

 

反対に。

相手を大事にする人は相手に大事にするし、人をよく褒める人はよく褒められます。
人のことを応援する人は応援されるし、温かい言葉が出る人の周りには温かい言葉を持った人が集まります。

どちらが生きやすいかは一目瞭然。

ですが、どちらを選ぶかはあなた次第です。

 

今回はここまで。